ミス・大丈夫

 

 

たましいの剪定が上手い人、というのがいる。それは本人が自分自身に行うこともあれば、他人にほどこすものでもあって、私はそういう人が本当に好きだ。

 

例えば、新しい環境に飛び込んで不安だらけの毎日を送っていたとする。ミスしたらどうしよう、いつか大きなコトをドカンとやらかすかもしれない。そう不安に思っていることを口に出したとき、「やらかしていいよ」「くり返さなきゃいいだけなんだから」、そんなふうに笑って言ってくれる人がいたら、あっという間にたましいは剪定される。

 

冷静に、客観的にみるとこれはなんの解決にもなってはいないんだけど、なんだか"ゆるされている"ような感覚になる。大丈夫かもしれないと思える。心をかるくしたり、反対に、深く考えることができたりする。重量のちがいに問わない。だから"剪定"。

 

好きなモノが言葉にならないということは多々あって、それを「あい」だとか「うんめい」だとかで表すことがある。それらはすべて、自分のたましいが剪定されるモノだということ。あたたかい気持ちや、やさしい気持ちになるということ。みえない力があるような、ひきつけられるような感覚になるということ。

 

こんなこと考えている人いないよね。そうしてちょっと恥ずかしい気持ちになったりもするけど、べつにかまわない。思考なんて誰にも見えない。けれど思考は必ず行動につながるし、行動は必ず結果につながる。人にみられるということを軽視してはいけないし、重視しすぎてもいけない。大切にするのは自分自身の心の剪定だ。

 

ゆるしてね。大丈夫だよ。