全然書いてませんが、それなりに元気です。お酒飲んだり、真夜中まで出歩いたり、昨日は花火もみたよ。嫌なことや哀しいこともあったけど、本当にそれなりです。

 

けどやっぱり好きなことややりたいことがしたいと思って、自分なりに模索して、やっとねらいが具体的になりました。思い立ったら即行動したい性格だったのに、現実ばっかりみていたら物凄く戸惑うようになってた。誠実さや直感なんてあったもんじゃなかった。

 

不安しかないっていうのは仕方が無くて、選択を正解にしていくことだけが自分にできることなんだとつくづく思います。だから今の自分がやるべきは選択のみなんだとも思う。このまま留まっているのなんて御免だ。無駄になってもいいから、やってみたい。そうしてちゃんと続けてみたい。きっと踏み出しちゃえばどうってことないから、今すぐにでも。

 

離れていくものや捨てていくものは多いし、離されることも捨てられるものも多い。哀しんでる暇はそんなにない。知らず知らず離されて捨てられたものは、今までだってあったんだと思う。でもそっちはもうみなくていいよ。時間が切れて、手遅れになる前に、今やりたいことを。

 

 

どんどんありきたりなものになっているような気がするけど、今はこれが精一杯。

 

 

 

いつまでたっても

 

 

愛読書が10冊以上ある人が羨ましい。私もそうなりたい、切実に。5、6年ぶりに図書館に行ったらなんとなく新鮮な気持ちになりました。

 

 

他人のことばっかり羨ましくって、悔しいのに嬉しいような気持ち。だって元気だってことでしょ。まだまだ余力があるってことでしょ。期待してるなんて格好つけたことは言えないけど、悪くないんじゃないかなと思います。

 

貴方の文章を読むと元気になるよ、って言ってくれる人がほんの少しでもいるだけで、書きたい気持ちは続きます。ずっとずっと続きます。私が続けたいだけかもしれないけど、追い風になることには変わりない。寒いことして、恥ずかしいことしてなんぼ。

 

ドキドキしてたいんだ。タイトルはここに続きます。このブログもまだまだ続きます。なんとなく大人になる前に。

 

 

夏の夕

 

 

汗だくになって駆け回った(這いずり回った)土曜。腕や首が焦がしたように熱くて身も心も煙たかった。シャワーを浴びて、何とか着替えて車に乗り込む。誕生日プレゼントに浴衣を買って、混み合うラーメン屋で美味しい担々麺を食べた後、海の匂いをかぎながら足取り軽くスーパー。水っぽいアイスを買って(最高)、車で食べながら最低な夏を待ってる。

 

 

欲しいものは尽きない。洋服に鞄、口紅に化粧ポーチ。暑い夜も敵わないタオル地の部屋着。日焼けした時用のパック。ピアス。

 

やりたいことも尽きない。海、バーベキュー、花火、夏祭り、夜ふかし、飲み屋街、ドライブ、ラジオ、読書。

 

 

すっかり元気なのでブログ捗らないなあとか思っています。調子に乗ってるのか乗らされてるのかは微妙。嫉妬できる人は強いって何処かの誰かが言ってたし、私もそう信じてるっぽい。

 

大人になってよかったな。良いことばかりじゃないし、普通に辛いし切ないし、嫌なこともたくさんあるけど、今はとりあえずそう思う。きっと本当に欲しいものしか手に入らないようにできてる。そうじゃなきゃ頑張れない。頑張れなくても、動けない。 動きたい。

 

 

 

逃げても

 

 

酔っぱらった頭で出来ることなんてたかが知れてると思ってきたけれど、最初の一歩くらいは許してね。つまんない映画を観ながらお酒を飲んで、何にも考えない日曜の夕方は最高だと思いました。くだらないことも真面目なことも、好みじゃなければ選ばなくたっていいし、反対に、もし好きだと思ったなら何が何でも奪っていけよ。

 

恥ずかしかったことしか思い出にならないって、もう分かってるんでしょ。後ろ指さされても、振り向かなければ問題ない。恥かいていこうね。

 

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Adult

 

 

 

子どもの頃、大人ってなんで泣かないんだろう、と思っていた。

 

 

悲しいことや辛いことに傷付いて、期待を裏切ったり裏切られたりして、かたくなって、冷たくなって、どんどんどんどん、ごく自然と、泣けなくなるからだろうか。そんなふうに思っていた。

 

 

悲しいことばかり、辛いことばかり、もう嫌だ、要らない、捨てたい、消したい。そんなことばかり思っても、からだは大人になってしまった。後戻りなんて出来なくて、絶望して、彷徨う。

 

 

泣かなくなるのは、泣けなくなるからじゃない。『泣いても泣かなくても大丈夫』、そう思えるようになるからだ。

 

悲しいことや辛いことがあったら泣いたっていいよ、何でもいいから聞かせてよ、そんなあたたかさ。泣くほどやらなくたっていいんだよ、やめたり逃げたりしていいんだよ、そんなすずしさ。そんな清々しい、気持ちのいい足場に立てたとき、きっとひとは泣かなくなるのかもしれない。

 

 

「痛いときは痛いのよ」と笑ってくれた人がいた。きずつけられたときは痛むけど、いつかはなおるのよって、そんなふうに。

 

「全然大丈夫だから、泣かなくていいよ」と背中をさすってくれた人がいた。自ら退いても、終わったりなんてしないんだよって、そんなふうに。

 

 

自分のことばかりじゃなくなったら、このままいきててもいいかなって思えるようになった。たくさん恥かいても、たくさん泣いてもいいよって許せるようになった。それだけです。

 

 

 

 

書置き

 

 

矛盾も戸惑いも愛せるようになれたらいいな。“愛する”なんて言葉、今の時代にはあまりにも陳腐なもののようにさえ感じるけれど、いまはこれでしか選べそうにないから。

 

少しずつ繋いで紡いで、自分の好みだけ、お気に入りだけになりたい。誰も傷付けないでいられたらそれが最高だけど、そんなことまだまだ難しそうで。でもこうして必要のないものは一度手放して、行けるところまで、やれるところまで。

 

きっと忘れたころには何もかもが変わってるよ。そのときを迎えに行く。

 

 

 

手記

 

 

これはもう完全に手記だ。日記です。とことんちょろい自分に嫌気がさす。割と機嫌が良くてムカつく。

 

好きなものを好きと言いたいだけだ。会いたい人に会いたいだけ、不幸せなことなんて何一つないんじゃないかと思いたい。

 

早く眠れば損した気分になるかしら。朝起きて憂鬱を背負って、でもそんなことないような顔をして一日を過ごす。一人になった瞬間、独りになる。前向きにも後向きにもなりたくない。私はただ今この瞬間でさえも傷ついたり不幸になったりしたくないだけなんだよ。

 

何にもならなくていいから、自分の好きな自分でいてね。気楽で気さくで軽やかでいてね。そしたらきっと、いつか良いことあるんじゃないかな。