Blue

 

 

きっと、「みんなとは違う」と思っていたんだ。

 

 何から書けばいいのか分からないくらい、途方もないところに来てしまったと思う。迷い込んでしまったような感覚だけど、全ては私がやってきたことだ。

 

 気付けば大人と言われる歳になった。何年か前は、「かっこいい大人になりたい」だなんて思っていたけれど、いざ足を踏み入れると、そこはあまりにも不安定で、現実的で、荷が重かった。

 

 子どもでなんていたくない。好奇心は忘れたくない。考えてばかりで、苦悩してばかりで、行動も、苦労も足りていないんだ。「箱入り娘の箱が、びっくり箱だったらどうする?」と、強気で笑っていた自分が懐かしい。あのときは何もかもに必死で、生意気で、純粋だった。

 

 全然変われてないな。今の自分が、嫌い。

 

 ここからどうする。

 

 周りに支えられて、側にいてもらって、生かされてるな。だからこそ、もっともっと先へ。あとのことはよろしく。また笑顔で会おう。

 

 

 

「なんだか、あいらしい」

 

 

本にお金かけ過ぎかもな。今月に入ってからかなりの数を買ってる。月のお小遣いの半分近くは本に向かってる。

 

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一番最近買った本。高野文子の『るきさん』。お守りにしたい本って何冊かあるけど、そこにあっさりと仲間入り。何度読んでもいい。本当にいい。いいとしかいえない。泣くわけじゃないけど目頭があついというか、笑えるわけじゃないけど口元がゆるむというか、そんな感じ。

 

いつだったか、「しらないところにいきたい」という投稿をした。るきさんはまさしく“そっち側 ”にいる。一月分のお仕事(保険の請求)を一週間で終えて、図書館の談話室でやきそばパンを食べながらコーヒーを飲む。お風呂場でもコーヒーを飲んだり、ピンクのブラウスを着てお花を買ったり、ケーキを片手に友人の家まで行ったりもする。洋服はその友人にもらったものを着ていたりして、流行りのブランドには目もくれない。ケチなように見えて、さいごには集めていた切手をすべて売り払って、ナポリに飛んだ。誰にも、止められることなく。

 

ほがらかで、しなやかで、たおやかで、したたかだ。いいなあ。単純に「田舎で暮らしたいなあ」とか、そういう話じゃないのよ。目もくれたくないものなんて山のようにある。好きなものやお気に入りにしか何も払いたくない。時間も、おかねも、こころも。ただそれだけのことだ。

 

 

 

真白

 

 

 こうして変わっていくんだなと思う。嫌なことも苦手なことも減っていくような感じ。実際は減っているんじゃなくて、私が選ばなくなっただけだ。其方に見向きもしなくなった。

 

 前までの私はあまりにも見窄らしくて、振り向けないし直視できない。つまんなかったな。キツかったな。痛々しかったな。ダサかったな。必死だったように見えて、一歩も動けていなかったんだ。

 

 忙しい、といえば聞こえはいいけど、そんなんじゃない。今、たぶん、ここからなんだと思う。何にも期待しなくなった、今、ここから。

 

 

盛れるフィルターを通さない

 

 

 言葉に塗れたくて、色んなものに手を出しています。雑誌、書籍、ブログ、歌詞。気になったものは大体買ったり、時間を取ってのぞいたり。

 

 仕事柄、絵本を読むことが多い。元々大の絵本好きで、書店に行けば絵本コーナーでかなりの時間を過ごしたりする。なんとなく、剪定されるような気がするから。子どもに向けた言葉だからこそ、出来ることがあるんだと思います。

 

 何気なく1日を過ごしてしまうと、なんだか自分が全く駄目になってしまうような気がする。生産していないと堕落していくんだ。そんな風に自分に言い聞かせて、明日は頑張ろう、と思ったりする。

 

 夏に会ったあの人にずっと会いたい。SNSで追いかけたって何も変わらないから、もう会いに行ってしまいたい。「そっち行くんだけど、ちょっと飲みにでも行かない?」と連絡して、そこから遠出の予定を立てたい。バスのチケットを買いたい。

 

 正直、日々の労働で体はボロボロだ。肌は荒れてるし、髪は伸ばしっぱなしでパサついてるし、夏の日焼けもくすみも溜まったままだ。新しい化粧品を最後に買ったのはいつだったっけ。この前久しぶりに服を買ったけど、「着る予定なんてないなあ」だなんて思ってしまっていたような。

 

 ネットをのぞけばみんながキラキラしてみえるよ。恋人とのプリクラとか、新しいカフェとか、シンデレラ城とか。全てが私とは関係ないものにみえる。実際関係ないんだけど、なんというか、縁遠いものにみえるんだ。住む世界が違うって、こんな感じだろうなあって。そこに足を踏み入れないことを選んでいるのは、正真正銘自分自身なのにね。

 

 前ほど頑なではなくなったけど、まだまだだ。手強いぞ、これは。好きなもののことばっかり考えてたいな。

 

 

 

語感

 

 

 空白にだって意味はある。なんてかっこつけた書き出しで始めてはみたけど、なんとなく時間を過ごしたくて画面を立ち上げる午後9時。

 

 2~3週間前、職場で倒れた。なんとか帰ってきて、ベッドの中で色んなことを考えた。それが今に繋がってるって、はっきりと思う。元気でいることがその答えです。まわりの人に助けられて、怒鳴られて、励まされて、諭されて、今に至る。

 

 何が正しいのかばかり考えてきたけど、もうそれには飽きたらしい。倒れたとき、「いつか自分を許せるときがくるよ」と言われてから、何もかもがまっさらになった気がする。良い意味で。選びたいか選びたくないかで、やりたいかやりたくないかで、全てのことに構えばいいのかもしれない。まだまだ分からないけど。

 

 会いたい人もいるし、好きなバンドがアルバムを出すし、友達とスタバの新作を飲む約束もしてるし、割と大丈夫な気がするな。考えすぎて何もかもが遠くて全てのことが途方もないことのように感じていたけど、別に大したことない。そう思ってちょっと笑ったりもする。良いことばかりじゃないけど、嫌なことばかりじゃないし…って考えてたらまたしずんでしまうから、もうおしまい。

 

 なんとなく続けてきたことがいつか何かに繋がろうと、繋がるまいと、どっちでもいいです。書きたいときに書く。期待とは縁がない。安定して暗転。

 

 

 

水膨れが破れて

 

 

 元気でいる、それだけで信じられると思った。自分が元気でいる、それだけで全てのことはまもられるような気がする。誰かが元気でいる、それだけで安心する。好きな人や大切な人なら、尚更。

 

 だから元気にしてくれる人はすごいな。元気でいる人も凄い。もしかしたら本当はこっそり泣いてるかもしれない。辛いのかもしれない、哀しいのかもしれない。でも見せずにいる。それはその人自身の為だったり、その人にとって大切な、誰かの為だったりするんだろうな。

 

 私もそうなりたいな。まだまだこれからです。いつだって笑い飛ばして。

 

 

 

渦巻

 

 

 耳が聞こえづらくなった。というか、自分の発した声や、息を吸ったり吐いたりする音が響いて、物凄い不快感。インターネットで調べればストレスの一言で片付けられて、物凄い苛立ち。

 

 大丈夫と言われて嫌な気持ちになるうちは、余裕が足りてないんだと思う。実際そうだし。朝から活動的に動いても、ゆっくりのんびり過ごしても、この蟠りが消えないうちは、何したってダメなんだ。

 

 思い通りやりたいようにって、口先だけではいくらでも言える。なのにそうならない、そうなれない。それは自分だけのせいじゃなくって、他人のせいだったり環境のせいだったりする。でも選択したのは自分で、なら結局は自分のせいで。そうやって責めることに安心さえ覚えてしまったら、お終いなんだろう。

 

 このままだと、いつか空っぽになる。逢いたい人に逢いにも行けない。みたいものをみにも行けない。私はお前らなんかのものじゃない。